オッス!活動
Xを経由するといい感じに動画やサイトが埋め込めるのじゃよ...。
Vivariumは、言語・アプリケーションレベルの情報とシステムコール・OSレベルの情報って実は紐付けて横串で見ることが少ないんじゃないかなと思って、やってみようかと思って作った。エイアイの力で基盤部分は割とシュッと作れたので、あとは取得するイベントを増やしてみたりしようかなというのと、埋め込むインタフェースをもっと色々させたい。
ただ、いまのアーキテクチャが最善なのかはよくわからないので神アイデアが出たら考える。少なくとも、例えばk8s前提なら DaemonSet でトレースデーモンを立ち上げて、 `/sys/fs/bpf` だけbind mountで共有して、あとは各アプリケーションで監視イベントを送ればいいですよって感じになってるので、直感では使えそうだけど。こういう、アーキテクチャ考えるのは人間が最終的にやらないとダメなので難しい。
あと、開発のついでにRbBCCのバグがたくさん直ってよかった。やはり使わないとダメだな...。
Rubita は名前だけ思いついたので、超最低限の実装を作ってpushした感じ。ただ、なんか、ちょっとRbBCCが使いたくなる場面が出てきそうな予感がして、その時に自分がもっと楽になるようにと...いやでもAIに書かせるし、こういうレイヤは必要なんか?まあいいか...
あるプロンプトのめも
藝術や文学について、肝心なのは、実は作品それ自体より、その作品に触れたときに人の心に生じる何かだと考えるようになりました。過去の美学家や哲学者で似たような主張をしている人はいますか?
回答
「作品そのもの(物理的なモノやテキスト)よりも、それを受け取った人の心に生じるものこそが芸術の核心である」というお気づき、非常に深く、そして美しい視点ですね
実はそのお考えは、美学や哲学の歴史において「客観的な美(モノの側にある美)」から「主観的な経験(人間の側にある美)」へのコペルニクス的転回とも言える重要なテーマであり、複数の偉大な思想家たちがまったく同じような地点に行き着いています。
ご自身の感覚と照らし合わせやすいよう、代表的な思想家と彼らのアプローチをいくつかご紹介します。
出てきた著作など
ジョン・デューイの『経験としての芸術』
トルストイによる『芸術とは何か』
そして、カントの『判断力批判』にもあるよって言われた。
というメモ。
思うに、芸術もなんだけど、そもそもAIの出したコード、設計、何かしらの出力に対して、肝心なのは受け取る人間の中にどういう思考のプロセスが起こり、何決定するかが肝心ではないか。、
だから究極、今の仕組みではAIに意思というものはなく、自分の考えのリフレクションなんだ(従ってあっさりと、AIによる牽強付会が起こる)という感じがあるんだけど、もうすこし根拠というかストーリーが欲しい感じ。
博多へ…
午前中はクラウドネイティブ会議を見ていた。面白い発表をつまむ感じだが…。
しかし一周回って普段やってることがまたこの分野に接近してきた…。
夕方から博多に移動してしゃべってきた。懇親会はなんか久しぶりにビールを飲んだ。花金のつもりで飲んでいたが、木曜日だった。
その後どうしてもラーメンを…。
2026/05/13
今日はFukuoka.rbオフライン。
Fusicさんのオープンオフィス、ハンモックいいなって思った。
トークは、なんかいい話が連発してて良かった。Rubyistを身近に感じてもらえたら嬉しい。
やはり福岡という最高のコミュニティ、大事にしていきたいね。
collateはコレーと理解したいですね
今日は色々あったが、結論、天神ビルのキリンのランチは(意外とと言うか)美味しい。スペアリブが名物らしい。
そしてなぜかご飯の写真は撮ってなかった。
あと天神ビルに知らんうちにラーメン屋が入って、有名らしい...。
仕事では割とディープに調査の時間が取れてまあよかった。徐々に脳を復活させないとね...。
しかし、AIに何かを聞くにしても、結論だけ聞いてもホンマかどうか判断しづらいので、「確認するためのコマンド/コード/SQLも教えて」と聞くのがいいなと思った。
明日、明後日と登壇(明日のやつは登壇なのか?)が連発するのでやっていくか...。コロナ前とかね。もっと激しい登壇があった記憶がある。