ギリギリの話
豊橋出身だが、赤棒ビタイチ見たことないに〜名古屋だけだら〜と思っていたが、ヤマサのちくわが普通に販売していた…え…?
角麩は見たことあるような…。子供の頃、麩が嫌いだったので曖昧だが…。
なんなら…
すぐ上にあるイワシのはんぺんの方がよく見かけたわ。これ、マジでイワシで、子供の頃食べれなかった…。今だと酒のあてに良さそうだが。
豊橋出身だが、赤棒ビタイチ見たことないに〜名古屋だけだら〜と思っていたが、ヤマサのちくわが普通に販売していた…え…?
角麩は見たことあるような…。子供の頃、麩が嫌いだったので曖昧だが…。
すぐ上にあるイワシのはんぺんの方がよく見かけたわ。これ、マジでイワシで、子供の頃食べれなかった…。今だと酒のあてに良さそうだが。
すっかりゲームをやらなくなってしまった...。 LLMを使ってOSSをガンガンと作る方が楽しくなってしまった。ということでVivarium、最初に欲しいなと思ってた機能を一通り作らせた。 うーん〜 どっかのタイミングで、ガチ用途で使ってみたい。
作ってるやつ(Vivarium)、今日でソケットの監視とか、あと便利そうなので入れたかったDNSクエリログが入った。 入れたい機能をGeminiにぶつけて整理させたので、その辺も徐々にゆっくり入れようと思う。Geminiは雑にチャットでしか使ってない。Geminiのチャットが半分メモ帳のようになっている。 それにしても、どういう使い方をしたくなって、どういうインタフェースなら運用に乗るかあまり想像がつかない。とにかくたくさんログが出るが…。ある程度作ったらヒューマンに見せるといいかな。 なにより、フル機能を使うにはBPF LSMが有効でないといけないけど、世のディストロは未だにデフォルト無効なのを感じる。Ubuntu 26.04はgrubの起動パラメータをいじる必要があった。🤔
なお、Vivariumはヴァイヴァリアムと読むが、日本語話者はビバリウムでも良いんじゃないかな。
Xを経由するといい感じに動画やサイトが埋め込めるのじゃよ...。
Vivariumは、言語・アプリケーションレベルの情報とシステムコール・OSレベルの情報って実は紐付けて横串で見ることが少ないんじゃないかなと思って、やってみようかと思って作った。エイアイの力で基盤部分は割とシュッと作れたので、あとは取得するイベントを増やしてみたりしようかなというのと、埋め込むインタフェースをもっと色々させたい。 ただ、いまのアーキテクチャが最善なのかはよくわからないので神アイデアが出たら考える。少なくとも、例えばk8s前提なら DaemonSet でトレースデーモンを立ち上げて、 `/sys/fs/bpf` だけbind mountで共有して、あとは各アプリケーションで監視イベントを送ればいいですよって感じになってるので、直感では使えそうだけど。こういう、アーキテクチャ考えるのは人間が最終的にやらないとダメなので難しい。 あと、開発のついでにRbBCCのバグがたくさん直ってよかった。やはり使わないとダメだな...。
Rubita は名前だけ思いついたので、超最低限の実装を作ってpushした感じ。ただ、なんか、ちょっとRbBCCが使いたくなる場面が出てきそうな予感がして、その時に自分がもっと楽になるようにと...いやでもAIに書かせるし、こういうレイヤは必要なんか?まあいいか...
藝術や文学について、肝心なのは、実は作品それ自体より、その作品に触れたときに人の心に生じる何かだと考えるようになりました。過去の美学家や哲学者で似たような主張をしている人はいますか?
「作品そのもの(物理的なモノやテキスト)よりも、それを受け取った人の心に生じるものこそが芸術の核心である」というお気づき、非常に深く、そして美しい視点ですね 実はそのお考えは、美学や哲学の歴史において「客観的な美(モノの側にある美)」から「主観的な経験(人間の側にある美)」へのコペルニクス的転回とも言える重要なテーマであり、複数の偉大な思想家たちがまったく同じような地点に行き着いています。 ご自身の感覚と照らし合わせやすいよう、代表的な思想家と彼らのアプローチをいくつかご紹介します。
ジョン・デューイの『経験としての芸術』 トルストイによる『芸術とは何か』 そして、カントの『判断力批判』にもあるよって言われた。 というメモ。
思うに、芸術もなんだけど、そもそもAIの出したコード、設計、何かしらの出力に対して、肝心なのは受け取る人間の中にどういう思考のプロセスが起こり、何決定するかが肝心ではないか。、 だから究極、今の仕組みではAIに意思というものはなく、自分の考えのリフレクションなんだ(従ってあっさりと、AIによる牽強付会が起こる)という感じがあるんだけど、もうすこし根拠というかストーリーが欲しい感じ。