I want a range life...

あるプロンプトのめも

藝術や文学について、肝心なのは、実は作品それ自体より、その作品に触れたときに人の心に生じる何かだと考えるようになりました。過去の美学家や哲学者で似たような主張をしている人はいますか?

回答

「作品そのもの(物理的なモノやテキスト)よりも、それを受け取った人の心に生じるものこそが芸術の核心である」というお気づき、非常に深く、そして美しい視点ですね 実はそのお考えは、美学や哲学の歴史において「客観的な美(モノの側にある美)」から「主観的な経験(人間の側にある美)」へのコペルニクス的転回とも言える重要なテーマであり、複数の偉大な思想家たちがまったく同じような地点に行き着いています。 ご自身の感覚と照らし合わせやすいよう、代表的な思想家と彼らのアプローチをいくつかご紹介します。

出てきた著作など

ジョン・デューイの『経験としての芸術』 トルストイによる『芸術とは何か』 そして、カントの『判断力批判』にもあるよって言われた。 というメモ。

思うに、芸術もなんだけど、そもそもAIの出したコード、設計、何かしらの出力に対して、肝心なのは受け取る人間の中にどういう思考のプロセスが起こり、何決定するかが肝心ではないか。、 だから究極、今の仕組みではAIに意思というものはなく、自分の考えのリフレクションなんだ(従ってあっさりと、AIによる牽強付会が起こる)という感じがあるんだけど、もうすこし根拠というかストーリーが欲しい感じ。